NO.100 2018.9.14

三枝成彰



オペラという“趣味”

 私にとって、オペラは“趣味”である。なぜなら、いちばん好きなことだからだ。
 たいてい、好きなことというのはお金にならない。オペラの作曲など、その最たるものであろう。
 現代において新作のオペラを作曲し、上演する。これ以上の“趣味”はないと思っている。
 好きだから――ただ、それだけなのである。
 そんな私の“趣味”に対してご支援下さり、時間と労力を費やしてつきあって下さる方々、会場に観に来て下さる方々に対しては、何とありがたいことかと思わずにいられない。ほんとうに、心の底から感謝を申し上げます。
 その“趣味”の新たな題材が、いくつか頭に浮かんでいる。
 一つは、昨年の秋に初演させていただいたオペラ「狂おしき真夏の一日」の続編だ。
 舞台は現代の鎌倉。そこに暮らす開業医の大石家。家長の父とその妻。長男は無職でフランス人の妻がいる。次男は同性愛者で、男性の恋人がいる。
 作家の林真理子さんの台本には随所にエロスと笑いが盛り込まれている。「フィガロの結婚」になぞらえた物語だが、最後は「どんな形でも、愛とは素晴らしいものだ」という大団円を迎える。
 オペラで人を笑わせることは難しかったが、幸い、観に来て下った方々は「面白かった」と言って下さった。  「あの後はどうなったのか?」という質問をそのとき何人かの方からいただいたので、主人公たちのその後の人生を書いてみたいと思ったのである。
 もう一つは、常盤御前の物語だ。
都でいちばんの美女といわれた常盤は源氏の御曹司・義朝の側室となり、牛若丸=義経らを生むが、やがて源平の戦が勃発、夫は討たれてしまう。常盤は子らを助けようと、仇である平清盛の妾となり、子供まで設け、その後は下級貴族の後妻となったという。
清盛を憎みながらも男としての魅力に惹かれていく過程や子供たちへの想い、不安や悲しみなどを、一人語りの形式で描いてみたい。
また、川端康成の小説『眠れる美女』も取り上げてみたいのだが、やるとすれば朗読劇になるだろう。すでにベルギーの作曲家がオペラ化していて、日本でも上演された。映画化も日本で2回、海外で3回されている。
秘密の館で眠りに落ちている見知らぬ美女に老人が添い寝し、さまざまな妄想をめぐらせる……という物語は普遍的かつ官能的であり、外国人の心も刺激するようだ。
川端の描くモティーフはほぼ一貫して“美少女”だ。晩年、若く美しい家政婦に恋し、想いが通じなかったことが自死の原因という説もあるが、そのことも含めて描きたい。
いちばん最近になって見つけた題材は、「菊坂ホテル」だ。
“お葉(よう)”という女性がいる。彼女は大正時代に藤島武二、伊藤晴雨、竹久夢二という画家たちのモデルをつとめ、恋人でもあった伝説のミューズだ。そして彼らや若き谷崎潤一郎らが滞在した本郷菊富士ホテルを故・上村一夫氏が漫画化したのが『菊坂ホテル』だ。
先日、「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」の台本を書いて下さった作家の島田雅彦さんと話していたら、「これは日本の『ラ・ボエーム』じゃないか?」ということになり、ぜひやろうと話がまとまってしまった。
思えばプッチーニの「ラ・ボエーム」はパリの裏町に暮らす若き芸術家たちの恋の物語だし、『菊坂ホテル』はまさにその日本版といえる。
にわかに降ってきたアイデアだが、久々に刺激を受けた。
……と、やりたいことは次々と浮かんでくるのだが、もちろんそれをオペラにするためにはまた多くの人たちのお力を借りねばならない。私のこのとんでもない“趣味”に皆さんがどこまでつきあって下さるか、そのお気持ちに応えるにはどうすればいいかと、頭を悩ます日々はとうぶん続きそうである。

◎三枝成彰(さえぐさ しげあき) Profile
1942年生まれ。東京音楽大学客員教授。東京芸術大学大学院修了。代表作にオペラ「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」。2007年、紫綬褒章受章。2008年、日本人初となるプッチーニ国際賞を受賞。2010年、オペラ「忠臣蔵」外伝、男声合唱と管弦楽のための「最後の手紙」を初演。2011年、渡辺晋賞を受賞。2013年、新作オペラ「KAMIKAZE -神風-」を初演。2014年8月、オペラ「Jr.バタフライ」イタリア語版をイタリアのプッチーニ音楽祭にて世界初演。2016年1月、同作品を日本初演。2017年10月、林真理子台本、秋元康演出、千住博美術による新作オペラ「狂おしき真夏の一日」を世界初演した。同年11月、旭日小綬章受章。

 

                                      

 

                                                         

 

                      

PAGEのTOP へ!