今月の作家 NO.10



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エッセイ1
  あの米国テロ同時事件から5ヶ月。私の住むニューヨークは、少しずつだが元気をと りもどしたような気がする。街のいたるところでコンサート、ライブハウス、バ レー、オペラ、ミュージカルなど、音楽好きの世界がいっぱいある。当たり前のよう にチケットは売りきれ、会場は歓喜と熱狂の渦の中。アメリカに来てから、私が最も 羨ましいと思ったことは、ここの人達はみんな、音楽を素直に楽しみ、その気持ちを 体全体で自由に表してくれることだった。こんな言い方をしては少し失礼かもしれな いが、彼らはとにかく、なんでも大変喜ぶ。そして誰もが声がでかい。そのでかい声 で「イェー」とか「ブラヴォー」とかあたりかまわず叫びまくり、飛びまくり、会場 全体がお祭り状態となる。もちろんこれが超有名なポップスターやロックスターなら ば、日本でもあるだろうが、アメリカでは、出演者が全く無名だろうと、演奏や作品 がおもしろければストレートにすごく喜んでくれる。これが音楽をやる人間にとって はすごくうれしいことで励みになると思う。実はこの喜び方は、彼らがかなり小さい 子供のころから体験していることに気づいたことがある。

私がボストンのある小学校に作曲家としてゲストで招待された時のことである。
こちらの子供達は小学生になるとオーケストラに入る子供が多い。みんな学校から自 分の好きな楽器をレンタルして自宅で練習する。毎週数回、オーケストラの練習があ り、3ヶ月に一度、全校生徒と親達の前でコンサートがある。地元のテレビもこの模 様を放送するという大イベントである。その中で、はじめて楽器をもった小学校1年 生達だけのオーケストラも演奏する。男の子はネクタイとジャケットと革靴、女の子 は綺麗なドレスを着て演奏する。1曲の長さは、たったの4小節。「ドレミレドミ ドー」ドミソミドードー」。時間にすると10秒程度。この最後の「ドードー」の繰 り返しの音で演奏が終わった瞬間、会場のお客さんは、ほぼ全員立ち上がり「ブッ ブッブラヴォー、ウォー」と叫びまくるのだ。その瞬間、小学1年生オーケストラの メンバーの不安そうな顔は満面の笑顔となり、さらに自信に満ちた顔立ちに変わり、 次の曲、これもまた4小節の長さの曲を演奏するために着席する。そして、また演奏 が終わると、会場は総立ちで「ブッブッブラヴォー、ウォー、イェーイ!」と拍手喝 采の渦なのである。素晴らしい光景である。「あーこの人達はこうやって子供の頃か ら音楽に接しているのか」となんとも幸せな気持ちになったことがある。

こんな風に子供のころから音楽を楽しみ、演奏する楽しみを経験していくことは、 人々の文化的なレベルを豊かにするだけではなく、音楽そのものの将来にとっても、 とても大切なことだと思う。このような体験をしている人は、その人が音楽とはまっ たく別の仕事についたとしても、音楽というものが素晴らしいものだということを一 生忘れないであろう。素晴らしい音楽の環境を作るためには、音楽家達の専門教育だ けではなく、聴衆もいっしょに育てていける環境を作る大切さを痛感した。

最近の日本で感じることのひとつに、人を何かで感動させたいという心、また素直に 何かに感動する心が薄れてきたように思う。この文章を書いている今日は、ソルトレ イクシティーオリンピックの真っ只中。音楽ではないが、各国の選手達の、人間の限 界能力に挑戦している素晴らしい活躍に、世界中が熱狂している。人が感動するとい うことは本当に素晴らしいことだと思う。


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