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  吉良知彦 kira tomohiko

ZABADAKとして活動 を初めて15年が経とうとしています。三人でデビューしましたが、今は一人ユニット という不思議な形態をとっています。でも実際のZABADAKは多くのミュージシャンに支え られた、不定型なアメーバ的存在というのが僕の認識です。実名の吉良知彦としても 活動しているので、リスナーの方には少なからず混乱を与えているような気がします。 「もう一人になっちゃったんだか らZABADAKの看板は降ろして実名だけでやっていけばいいじゃないか。」「いつまで もZABADAKの名前に縛られているのは吉良知彦の音楽を成長させない原因になっては いないか?」などの意見をしばしば目にします。僕にはZABADAKを名乗り続けたい理 由があります。それを書いてみようと思います。
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 僕のデビューは27歳と遅かったのですが、音楽活動は十代の頃から続けてい ました。いろんなバンドを作っては壊し、曲もいっぱい作りました。今は死語となっ た「ハコバン」ということも並行してやっていました。23歳頃、なんだか好きで始 めた音楽にすっかり疲れてしまったことがあります。ライブで演奏しても楽しくない し、曲を作っても嬉しくない。音楽から光が消えてしまったような悶々とした時間を 過ごすうちに、あるアーティストのアルバムに出会いました。その音楽はとても暗く て、なにか狂気のようなものを孕んでいました。しかし、素晴らしく自由な音楽でし た。既に名声を得ていたアーティストだったのですが、それまでの作品とは明らかに 違った音楽への視線が感じられました。誰かのために作るのではない、自分を喜ばせ るためだけの音楽、それに向かう意志を僕は自由なものと感じました。好きなアーティ ストを改めて見てみるとそういう視線をもった人が少なからずいることも知りました。 そうか、自分のためだけに音楽を作っても良いんだ、じゃあそうしよう。それ がZABADAKの始まりでした。気が付いてしまえばとても簡単なことでした。僕がうれ しい僕だけの音楽、そんなものを作り始めました。独りよがりでわがままで鼻持ちな らないものなのかもしれません。それでも全然構わない、と思いました。音楽にヨロ コビが戻りました。進む方向が見つかり進む勇気を持てたような気がします。その時 見えたうすぼんやりした道のようなものを今も進んでいるわけです。一方で誰かにこ んな音楽を作って欲しい、と依頼を受けた時は吉良知彦として作ります。そこでは依 頼にどれだけきちんと答えられるか、ということに力を入れます。実はこちらはこち らで僕には楽しい世界です。思いもしなかった世界に行くこともできます。でもそれ もZABADAKあればこそ、であります。帰るべき場所があるから何処へだって行ける、 ということなのだと思います。このスタンスが僕にはとても具合がいいので、ずっと そんな考え方でやって来ています。

**** PROFILE ****

●1959年12月6日 山梨県生まれ 名古屋育ち
●ギター、ベース、キーボード、ブズーキ、様々な打楽器他、多数の楽器をあやつる。
●幼少の頃より父の民族音楽レコード・コレクションを聴いて育つ。趣味は昆虫採集。長男草太郎 (そうたろう)と共に虫取りに行く日を夢見る。自然をこよなく愛し、農業にいそしむ。

1985年ZABADAK結成。幾度かの変遷を経て、1994年以降は吉良知彦のソロ・ユニット となる。さまざまな音楽要素を取り入れながら、ほかに比較の対象を持たない独自の 音楽世界を追求している。また現在はZABADAKの活動と並行して、演劇集団
キャラメ ルボックスの公演、映画、ビデオなど、さまざまな舞台や映像作品に音楽を提供、常 に新しいファンを取り込んでいる。



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