NO.18 2002/9/5

●Profile     

 栗田信生 Kurita Nobuo

<ボクの仕事>

〜とある高原のコテージ。

ボクはテラスで冷たいアールグレーの香りを楽しみながら電話で話している。

“うーん、イメージが湧かなくてねぇ・・・え?締め切り?まあイメージが固まらないと、いつとは約束できないなあ・・・・。センセイのイメージの方が大切ですって?そりゃそうだよねえ、うん。だからさぁ・・・・・・・・・・・”

 

しまった!ここで目が覚めてしまった。

夢だった・・・・

机の上には譜面が散乱。

明日本番の歌番組で使うスコアだ。しかも真っ白。

だいたいなんで僕が“アールグレーの香り・・・・”なんだよ。

そんな事より明日の朝までにどうやって書き上げるかの方が大事なんだよなと、ため息ひとつ。

 

そういえば、テレビの歌番組の裏側ってちょっとおもしろい。

“虚構”ってコトバが有るけれど、良くも悪くもまさしくこれだなあと思う。

 

今年も、夏の代名詞的某歌番組の仕事をした。

生放送による大がかりなものである。

番組の企画自体は早くから計画されるのだが、紆余曲折の結果音楽発注が来るのは約1ヶ月前といったところだろうか。

今回担当したなかでのメインは番組のオープニング、エンディング。

その中でやっかいだったのはオープニングである。

 

制作陣との打ち合わせで提示された構成は、

“静かなBGMに乗せて女優が詩を朗読、そのまま今回のテーマをシンボリックに表現した楽曲が静かに始まり、最後は出演歌手が全員で歌う中、壮大なコーダで盛り上がる”というもの。それ自体はやっかいで無い。

しかし、

“作家の大先生に新しく詩を書いてもらっているのですが、どういう内容かが出来上がってくるまで判らないんですよ・・・・”

とにこやかに彼らが付け加える。

しかも“オープニング曲なので、番組への期待感を煽りたい”そう。

 

ふうーん。

中身の不明な詩にBGMを付けるという事は、僕にそれを想像して作曲しろという事なんだぁ。怖いなぁ・・・・。

 

そして、いざ音出しの時が到来。いくらプロでもやはり気になる。

おかげさまで僕のと“詩”の雰囲気等々は合致し、OKとなった。

やったぁ! 正直、かなり嬉しいです。ほっとします。

だってあとは本番で予定通りに進行すれば問題無い訳なのだから。

 

問題無い進行、といえばもう一つ。

 

前述の通り、僕はこれ以外にエンディングも担当した。

エンディングは出演歌手全員で永遠の青春ソングを歌い大団円となる。

しかしこの番組は“2時間半に渡る生放送”なのである。

その時間内で予定された楽曲が全て終了していなくてはならないのは当然の事だがそこは生身の人間が関わる事、おしゃべりがほんの少し長かったりするだけで数秒の誤差が確実に生じる。

“○○さんのおしゃべりが長かったので生放送を延長した”なんて話は聞いた事が無い。

もちろん野球中継は延長してでも最後までやった方が良いけどね。

 

という事でこのエンディング曲は2種類の長さで用意される事になる。

番組終了時間は確定しているので、エンディング曲の始まる時間もおのずと決まってくる。

短い方なら21時58分25秒、長い方なら21時57分45秒。音出し

これでぴったり生放送が終了する計算である。

 

いずれで最後を迎えるのか。

これは直前まで判らないので、舞台ではおもしろい光景が展開される。

“エンディング長い方で行きまぁーす!”と関係者全てに周知させるべくスタッフが声を出して歩くのだ。

出演者やバンドは涼しい顔でこれを聞き、“予定通り”に番組は大団円を迎え、

めでたく“予定通り”に時間内に収まり、満面の笑みと共に全員が手を振り、

この番組は放送終了となる。

 

こんな騒動が勃発しているなんて、

テレビを見ているだけでは判らないでしょ?

 

テレビの仕事で最も大切なのは、予定された時間にいかに収めるか、アレンジャーとしてその中でいかに楽曲の魅力を引き出すか、という事なのだろう。

だから僕はこれからも一生懸命この仕事をやって行きたいと思う。

“しょせん虚構”だなんて思わない。

だってテレビはスイッチさえ入れれば全ての人が享受できる非日常。

生の音楽を“今”に乗せて送り出せるんだから。


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