NO.38 2005/9/27

 

デービッド・ハウエル
プロフィール

編曲への理解を求む

 音楽をしている人でも、編曲への認識が低くて、私は本当にがっかりすることがあります。私の編曲した「猫ふんじゃった」のテープをオーケストラの元フルート奏者だった人にあげたところ「オーケストレーションは誰かに頼みましたか」と尋ねられてがっかりした記憶があります。
  オーケストレーションというのは、ピアノ曲をオーケストラのために作り直すことで、私はピアノ曲の「猫ふんじゃった」を作っただけと思われたのです。カナダ人のトランペット吹きの友人にいうと「そうだよ。そんなものさ」とこともなげにいいました。
  編曲とは他の人が作った曲や旋律を、自分のイマジネーションをつかって和音を変えたり、旋律をふやしたりすることで、この区別は音楽をやっていても分からない人が多いのです。(たとえば音楽大学の学長でも)
  私が指揮するファミリーコンサートやスクリーンミュージックのプログラムに私が編曲したことは、いっさい載っていないことが多く、主催者も意味を分かっていません。苦労して、努力して編曲したのに無視されて、私は涙がでそうなほど悲しくなります。 
  本当の編曲は作曲とはいえませんが、作曲に近いものです。

 

アンコール曲のある思い出

 テレビで有名な歌手が亡くなったニュースが流れると、今でも私は胸がドキンとします。石原裕次郎が亡くなった時、私は大至急「夜露よ 今夜もありがとう」という曲をオーケストラのアンコールとして編曲するように主催者に依頼されました。
  せっかく盛り上がった演奏会をどうして亡くなった人の歌で終わらなくてはならないのでしょう。美空ひばりがなくなった時も大至急、「りんご追分」をアンコールとして編曲しました。私は暗い気持ちで終わりたくありません。
  演奏会は、流れと感動と盛り上がりがなにより大切です。幸い今はそういうことはなくなりましたけれど。

 

<プロフィール>

 英国のマンチェスターで生まれ、ロンドン大学を卒業。併せてロンドンにある王立音学院でヴィオラ、指揮、作曲を学ぶ。
  1969年、日本の音楽に興味をもち、その研究を志して、文部省留学生として東京芸術大学邦楽科へ入学。箏と三味線を習得する。その後指揮科に転じ、日本で指揮者として第一歩を踏み出した。
  1973年、東京で開かれた国際指揮コンクールで、一位なしの二位に入賞。
  今まで共演したオーケストラは、読売日本交響楽団、日本フィルハーモニー、新日本フィルハーモニー、東京交響楽団、東京シティフィルハーモニー、京都市交響楽団、大阪フィルハーモニー、大阪センチュリー交響楽団、大阪シンフォニカー、名古屋フィルハーモニー、札幌交響楽団などである。
  1988年、関西フィルハーモニーの指揮者となり、日本民謡や世界民謡、ポップスやスクリーンミュージック、ビートルズの編曲を手がけ、ファミリーコンサート、ポップスコンサート、スクリーンミュージックを広く定着させていく。
  指揮ばかりでなく東洋と西洋の音楽に深い造詣を示し、編曲にシンフォニックで気品あるすぐれた才能を発揮している。映画の音楽の作曲や、ミュージカルの作曲、CDの制作にも幅を広げ、特にシリーズでてがけた民話ミュージカルは絶賛を博す。近年は民話や「セロ弾きゴージュ」などの音楽物語の作曲に力を入れ、多彩で意欲的な音楽活動を展開している。


                      

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