NO.75 2014.5.14
                                  

   小林 洋平  Yohei Kobayashi 

 

皆様こんにちは。2010年度からJCAAに所属させて頂いております、小林洋平と申します。普段はドラマや映画の劇伴、報道番組の音楽などを中心に、サックス奏者としても活動させて頂いております。

2つ、大好きなものがある少年でした。それは、「音楽」と「宇宙」。

ピアノ教師の母と、専門家ではないけれどクラシックにとても造詣の深い父のおかげで、物心ついた時から周りに満ちあふれていた音楽。でも、父も母もいわゆる音楽の英才教育をするつもりは全くなく、好きな時に好きなようにやればいい、そんな自由な環境でした。

もう一つ、小さい頃から大好きだった自然科学の世界。とりわけ宇宙論や天文学は自分の心を限りなくワクワクさせてくれるもので、毎日のように本を読みふけったり、ドキュメンタリーの番組などは、ビデオテープがすり切れるくらい繰り返し魅入る少年でした。

同じくらい熱中して、将来はどちらかの世界で生きていきたい...当然迷いましたが、家族の反対もあり音大進学は断念して大学の物理学科に進む事になりました。相対性理論や量子力学の難解な数式と格闘しつつ、音楽にも囲まれる日々。念願だった宇宙物理学の研究室にも所属出来て、このままそちらに没頭...という人生もきっとあったのだと思います。でも、やっぱり押さえきれなかったんですね、音として溢れ出てくる内側からの衝動が。

4年生の夏にバークリーの奨学金の試験を受けて、次の年の9月から映画音楽科に留学。様々な紆余曲折を経ていまこうして作編曲家としてお仕事をさせて頂けるようになったわけですが、考えてみたら相当な方向転換。ですが、自分の中では違う事をやっている気がしない不思議な感覚になれる瞬間があります。日々お仕事とは別に、めぐる季節の中で出会った風景や想いを音符に紡ぎ続けているのですが、そんな時は特に、表現手段が数式から音符に置き換わっただけで、その想いの根本的な部分は同じところからきているのだと感じざるを得ません。

人は、いかに懸命に生きて、苦しみを乗り越え何かを得たとしても、やがて訪れる死に何もかも飲み込まれてしまう。自分が生まれ、時を重ね、老いて、最期は壮絶な孤独の境界線を超えて、また無の世界に還っていく...自分が宇宙に惹かれたのは、きっとその事に何の意味があるのかを知りたかったから。宇宙の真理に少しでも近づくことで、もしかしたら死ぬ事への恐怖を払拭出来るのではないかと。

しかし、実際は全くの逆でした。かえって分からなくなってしまった...この広大過ぎる宇宙と、永遠とも思えるほどの長い時間の中で自分が存在する理由なんて。本当は、人生そのものに意味なんてないのかもしれない。意味は、自分が与えられたこの二度とない限られた時間の中に自分自身で投げ入れるもの。

そう考えられるようになってからは、毎日全力で笑って泣いて、怒って愛して、自分に嘘つかずに本当に心からやりたい事をやって、精一杯与えられた時間を輝かせることが、二度とない人生を授かった自分に出来る全てなんだ...と、心から思えるようになりました。

宇宙の真理のほんの末端に触れて、一度愚かにも人生の客観的な意味を見いだそうとした自分が心からやりたいと思えるのは、表面的ではなくて、本当に心に深く届く音楽を少しでも多く紡いでいくこと。それが劇伴であろうと純音楽であろうと、自分が感じた事、悩み苦しんだことを音に紡いで、曲を聴いて下さったり作品を観て下さった方たちの心の中にほんの少しでも何かを残せる事が出来れば、こんなに嬉しい事はありません。

だから、今日も精一杯音を紡いでいます。ちょっと青臭いけれど、小林洋平はそんな人間です。

 

◆ 小林洋平 プロフィール はこちら ◆

 

                                      

 

                                                         

 

                      

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