NO.90 2016.11.25
                                  

   山移高寛 Takahiro Yamautsuri 

 

 名だたるお歴々勢揃いのこのページに音プロスタッフ崩れごときが稿を寄せるなど甚だ恐れ多いですと逃げ続けて早12年、「今は対外的なものでなく、会員のみなさんに向けた自己紹介みたいなもんです」と事務局に言われたので、「会員層が幅広いJCAAにはこんなのも居るよ」と、敷居が高いと恐れをなしているお友達に気軽に入会を薦めてもらうネタにしてもらえればと、書かせていただくことにしました。山移高寛(やまうつり たかひろ)と申します。他の先生方のように崇高な理念も輝かしい業績も持ち合わせないスットコドッコイですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 幼稚園の頃、近所のお金持ちが電子オルガンなるものを購入し、音大出たてのキレイな先生が教えに来るというので界隈の子供たちが集められて音楽教室が始まり、通い始めたのが音楽の楽しさを知った最初でした。小学生の頃は妹が小遣いを貯めて買っていた流行歌のレコードを聴き(自分の小遣いは駄菓子屋で使い果たしていた)、中学の頃は親の転勤で海外に行ってスクールバスのラジオから流れる洋楽に馴染み、高校ではバンドにハマりシンセ小僧になって、当時の最新デジタルシンセをどうしても学びたくて系列の大学ではなく、音大芸大にも無かったその楽器を所有していた専門校へ進んで願いが叶い、一度就職したもののやはり音に直接関わる仕事がしたくて渋谷をウロウロしていた時に某CM音楽プロダクションのディレクターに拾われ、初めて見せてもらったレコーディング現場に自分がやりたい事がすべてあることを知って、勢い余って転職したところから私の素っ頓狂なキャリアが始まりました。

 とは言え、とにかく右も左もわからない業界、もっぱら掃除と使い走りの雑用係でしたが、当時のCM音楽は文字通り最先端を行っていて、海外の流行りや民族音楽の要素を取り入れたり、音楽ジャンルも多種多様、最新の技術を使った実験的要素も多く、刺激に溢れていました。スタッフは必然的に多くの作家の作品に触れられますし、尺が短いので1日に何度も現場があり、先輩方もいろいろ教えて下さって、そんな環境にいれば「門前の小僧」とは良く言ったもので、だんだん見よう見まねで、先生方にお願いするほどでもない簡単な鳴り物やCM、徐々に企業VPやイベント音楽などを作らせてもらえるようになり、多忙で手が回らない作家さんのお手伝いや所属アーティストのアレンジをやらせてもらったり、エンジニアをやらせてもらったり、現場を一通り経験させてもらいました。この間には本当に多くの方にお世話になりましたが、その方々は今でも同業の先輩として助けて下さっています。
 また、CM音楽は企画段階で既存のサントラやインスト曲を選曲してサンプル音源として先方に提案しますが、JCAAの先生方の作品をどれほど出させていただいたことか。音楽畑はバイブルでしたし、もちろん本編を書いていただいた先生もいらっしゃるので、思えばその頃からJCAAには間接的にお世話になっていたんですね。

 紆余曲折ありながら18年ほど働いていましたが、ある日事務所が新しいアーティストを手掛けることになりました。社長と一緒に1年ほど試行錯誤した結果、私がCM用に作った曲が意外に合うことがわかり、結局それがデビュー曲に決まりました。やっと決まって良かった良かったと喜んでいたら、これがそこそこ売り上げたからさあ大変!「印税に匹敵する給料払えないから独立しろ。仕事の面倒は見るから」と社長に促され、安泰な月給取り生活に別れを告げることになりました。

 しかし、独立と言えば聞こえは良いけれど、実態はなんの保証もないプータロー、ましてや長年の裏方生活に染まり切って誰が見ても音楽作家には見えないので、このままじゃいわゆる自称作曲家!なにか音楽屋の看板みたいなものが欲しいと思い、まずジャスラックに入会することにしました。
 入会資料を持ってジャスラックに出向き、受付で「入会したいんですけど」と言うと、お姉さんに「出版者の方ですね!」と朗らかに言われ、「いえ、あのー、作曲なんですけど。。。」「出版者の方はあちらの」「いえ、信じられないかも知れませんが作曲です。。。」めでたく入会させてもらえました。

 これで調子に乗った私は、どこか作家の団体にも入れてもらおうと思って、ネットで見つけた一番敷居が高そうなJCAAにダメもとで申込みをしてみたところ、なんと入会許可が届きました。嬉しくて元の事務所に報告に行ったら、「すごい先生がたくさんいらっしゃるところだねー」と言われて「あ!」と我に返り、その後総会や忘年会のお知らせをもらっても、「おまえみたいなのが来るところじゃない」と言われるんじゃないかと怖くて、せっかく入れてもらったのに4年間近づきませんでした。
 さすがに4年経つと興味が勝って、恐る恐る総会に行ってみたところ、テレビでしかお目にかかったことがないお歴々や憧れの先輩方が勢揃い、「やっぱり来なきゃよかった!」と一瞬後悔しましたが、そこに展開されていたのは実に和気あいあいとした、笑い溢れる楽しい光景でした。あれ???想像してたのと全然違うぞ!と唖然としていたら暖かく迎え入れて下さって、そのまま懇親会に参加させてもらって「ここは楽しいところだ!」と確信しました。拾われて来た捨てネコの反応みたいだな。。。
 これでさらに調子に乗った私はあちこち顔を出すようになり、そこで音プロ時代にお世話になった方々と縁のある方と出会ったり、先輩方と再会したりして、仲良くして下さる方が増えました。ジャスラック総会で作家の先輩に「あれ?ついに系列の出版社を任されたの?」と言われたのは言うまでもありません。「いえ、信じられないかも知れませんが作曲です。。。」

 こうして想い出を書き出してみると、私は音楽作家になりたいと意識したことがほとんど無く、純粋に音楽が好きなだけの輩なのだとあらためて気付きました。でも、自分が聴いて育った曲や影響を受けた曲を作った、喜びや感動をくれた多くの先生方に直接お会いできるなんて、世界一幸せな音楽好きですよね。
 あ、音プロの使い走りだった頃に一度だけ「いつか作家になりたい」と思ったことがありました。先生方からデモテープや譜面をお預かりする時は当然頭を下げて押し頂くわけですが、その時の先生方の誇らしげな表情がかっこよかったので、自分もいつかそうなりたいと憧れたのです。今思えばその体験が、後に方向転換するきっかけになったのかもしれません。
 で、いざ作家になってみたら世の中は音楽不況、作家が音プロさんに頭を下げてお仕事を頂く時代になってしまいました。。。辞めなきゃよかったよ!
 こうなったらもう一生頭下げてスタッフ気質で生きて行こうと思います。

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◎山移高寛 プロフィール

大阪府豊中市出身。1965年生まれ。CM音楽制作会社のディレクター鈴木健士氏(後にミュージックソムリエ協会創設者・音楽プロデューサー・作詞家)との出会いがきっかけで制作スタッフになる。在勤中に作編曲家の渡辺博也氏に師事し、曲作りのノウハウを学ぶ。CM音楽の多様性に影響され、CMはもちろん社歌愛唱歌、夏祭りの音頭、アーティストへの楽曲や編曲提供など、ジャンルや作風に節操が無い。蕎麦好きで知られる馬飼野俊一氏と一緒に蕎麦の会「かも南の山馬」を年に3回開催している。犬猫好き。

作品もろもろ
・ake-kaze(作編曲)作詞:鈴木健士 歌:林明日香(パナソニック「強火の銅釜」CMソング)
・小さきもの(作編曲)作詞:三浦徳子 歌:林明日香(「劇場版ポケットモンスターAG 七夜の願い星ジラーチ」主題歌)
・SANCTUARY〜夢の島へ〜(作編曲)作詞:伊集院静 歌:林明日香(映画「機関車先生」主題歌)
・なまえ(作曲) 作詞:鈴木健士 編曲:田代修二 歌:谷本賢一郎
・とこやに行ったライオン(作曲)作詞:サトシン/前田たかひろ 編曲:本田洋一郎 歌:サトシン(ソング絵本)
・ぶつくさモンクターレさん(作曲)作詞:サトシン/前田たかひろ 編曲:本田洋一郎 歌:サトシン(ソング絵本)
・草原の鍵(編曲) 作詞:エリ 作曲:浅野佑悠輝 歌:グルム
・六本人音頭(作編曲)歌:六本木じろう(六本木ヒルズ盆踊り)
・ソースネクスト「特打」(音楽担当) 
・あなたと同じ〜鹿児島相互信用金庫のうた〜(作編曲)作詞:岡田哲也 歌:松浦有希(鹿児島相互信用金庫社歌)
・心ひとつに Seiun!Say high!(作編曲)作詞:岡田哲也 歌:松浦有希他(社会医療法人 青雲会 応援歌)
などなど。。。。

 

                                      

 

                                                         

 

                      

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