NO.852016.1.15
歌舞伎町のキャバクラの面接にて不採用となった後、気付けば私は路上易占い師の前に座っていた。
学生時代、20歳になってそこそこの時だったと思う。アルバイト経験は一度もないが、アルバイトの面接経験は何度もある、そのうちの一つ。
どうせなら音楽に関わることがいいと思っていた私は、ネットでピアニストを募集している歌舞伎町のキャバクラを見つけ、面接に赴いた。
町の喧噪から少し離れた寂しいビルの中にあったそのお店。
入店し、出迎えた初老の男性に面接の約束の旨を伝える。金時計にシャツ隙間からは金ネックレスが覗く。同じ世界で何十年も生き続けた風格を感じた。
すぐに大学や志望動機などを一通り聞かれ、店の真ん中にあるピアノを演奏するよう促される。確かガーシュインの曲を3コーラス程弾いたと思う。
まぁ、つまるところ、それはお金を払って雇う価値のない退屈な音楽だったのだと思う。
演奏後、しばらく沈黙が続いた。
そしてピアノに座ったままの私に店の主はこう言った。
「君、人生で辛いと思ったことはある?」
答えられず黙っていると、更にこう続いた。
「失恋をしたり、仕事で失敗をして明日が来るのが怖い、って思ったり、それを乗り越えるためにまた辛いと感じたことある?」
「君の演奏からはね、そういうものを全く感じられない。ここには色んな苦しみや辛さを知っている人たちが来る。君の演奏はここに必要ない。」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃であった。言っていることの意味が分からない。そんなことない、と否定も出来ない。でも、物凄く無視してはならない大事なことのような気がする。
ホステスとして働くならピアノ弾いてもいいが、という提案は断って店を出て、ふらふらと駅に向かう途中、ぼんやりとした「易占い」の灯りが目に入る。
占いをしたかったのではない。
自分を知らない初対面の人間に、自分がどういう人間なのかを聞きたくなった。
年老いた男性占い師は私の人相と手相を見、私がどういう人間なのかを語り始めた。
大体は、こんな性格だとか、無難なことである。
だが、手相を見ていた時にこんなことを言われた。
「あなたには今色んな運やチャンスが訪れているが、それをことごとく逃している相が出ている。」
そんな相がよりによって自分に!
という驚きは一瞬で過ぎ去り、その言葉、そしてその日の出来事は自分を深く考えるきっかけとなった。
若い自分は聴く側が必要としているもの、相手の欲しているものの裏側まで考え抜くことが出来ていない。
そして今若いからこそ周りにある環境を生かすことも、挑戦できる機会をも逃しているのではないか
と、
考え続けてもう数年経つが未だ進歩の実感はなく、間違い失敗しては周りの人に助けられなんとか作曲家としての命を繋いでいる日々である。
しかし、今あのキャバクラの面接で
あの金ネクのおじさんの前でピアノを弾いたらどうだろうか。
多分、きっと
まだ不合格、だろう。
◎澁江夏奈(しぶえかな) Profile
作曲家・編曲家・ピアニスト
【Biography】
1991年生まれ。
国立音楽大学附属高等学校作曲科を経て、東京音楽大学作曲指揮専攻映画・放送音楽コース卒業。
国立音楽大学Newtide Jazz Orchestraのコンサートミストレル(レギュラーピアニスト)を務め、2012年、第43回山野BIG BAND JAZZ CONTESTにて最優秀賞受賞、6連覇を果たす。2013年には自作曲を携え東京JAZZに出演。ジャズピアニスト小曽根真氏との共演を含めたステージが大好評を得る。2002年~2004年に、NHK Eテレ「天才ビットくん」内の子供バンド「ビットルズ」のキーボードを担当。作詞・作曲した曲がオンエアーされる。
作曲作品としてアニメ「昭和元禄 落語心中」(2015年)、アルバム「NEWTIDE~Start in life~」(2014年)、映画「ばらばら」(2011年)、NHK「西日本の旅」(2014年)、NHK ドラマ10「わたしをみつけて」(2015年)等がある。奥の深い音楽性を秘め、今後の活躍が大いに期待できる作家である。
【主な作品】
映画
「りんこと、りんこのひみつ」(2013年)
映画美学校フィクション・コース第16期初等科修了制作実習作品
「ばらばら」(2011年)第六回京都造形芸術大学映画祭
「星になる日」(2010年)第一回いわきぼうけん映画祭
「TEENAGER」(2009年)映画甲子園特選
ドラマ
ドラマ10「わたしをみつけて」(2015年)
青春アドベンチャー「双子島の秘密」(2015年)
青春アドベンチャー「人喰い大熊と火縄銃の少女」(2015年)
FMシアター「夏の午後、湾は光り、」(2015年)
青春アドベンチャー「ニコイナ食堂」(2015年)
FMシアター「どうぶつのうた」(2014年)
青春アドベンチャー「あなたがいる場所」(2014年)
青春アドベンチャー「僕たちの宇宙船」(2013年)
FMシアター「南国土佐を後にして」(2013年)
TV番組
連続アニメ「昭和元禄落語心中」テレビシリーズ(2016年)
NHK総合「西日本の旅」(2014年)
OVA
「昭和元禄 落語心中 与太郎編・前後編」(2015年)
オリジナル作品
「NEWTIDE~Start in life~」(2014年)Bigband作品アルバム
「Intruso」(2013年)・「I have to say good by」(2013年) Bigband作品
「Tulip Fizz」(2013年)トランペット10重奏作品
「Earth Blue」(2010年)オーケストラ作品
編曲作品
「八神純子プレミアム・シンフォニック・コンサート」編曲(2015年)
TBS「Sing!Sing!Sing!」Live編曲(2015年)
ローランド「ピアノ・ミュージックフェスティバル」決勝大会編曲(2015年)
ローランド「ピアノ・ミュージックフェスティバル」決勝大会編曲(2014年)
CONTACT:
FAIR WIND music
http://www.fair-wind.jp/
TEL : 03-6432-9828
←|今月の作家トップページへ
澁江夏奈
歌舞伎町のキャバクラの面接にて不採用となった後、気付けば私は路上易占い師の前に座っていた。
学生時代、20歳になってそこそこの時だったと思う。アルバイト経験は一度もないが、アルバイトの面接経験は何度もある、そのうちの一つ。
どうせなら音楽に関わることがいいと思っていた私は、ネットでピアニストを募集している歌舞伎町のキャバクラを見つけ、面接に赴いた。
町の喧噪から少し離れた寂しいビルの中にあったそのお店。
入店し、出迎えた初老の男性に面接の約束の旨を伝える。金時計にシャツ隙間からは金ネックレスが覗く。同じ世界で何十年も生き続けた風格を感じた。
すぐに大学や志望動機などを一通り聞かれ、店の真ん中にあるピアノを演奏するよう促される。確かガーシュインの曲を3コーラス程弾いたと思う。
まぁ、つまるところ、それはお金を払って雇う価値のない退屈な音楽だったのだと思う。
演奏後、しばらく沈黙が続いた。
そしてピアノに座ったままの私に店の主はこう言った。
「君、人生で辛いと思ったことはある?」
答えられず黙っていると、更にこう続いた。
「失恋をしたり、仕事で失敗をして明日が来るのが怖い、って思ったり、それを乗り越えるためにまた辛いと感じたことある?」
「君の演奏からはね、そういうものを全く感じられない。ここには色んな苦しみや辛さを知っている人たちが来る。君の演奏はここに必要ない。」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃であった。言っていることの意味が分からない。そんなことない、と否定も出来ない。でも、物凄く無視してはならない大事なことのような気がする。
ホステスとして働くならピアノ弾いてもいいが、という提案は断って店を出て、ふらふらと駅に向かう途中、ぼんやりとした「易占い」の灯りが目に入る。
占いをしたかったのではない。
自分を知らない初対面の人間に、自分がどういう人間なのかを聞きたくなった。
年老いた男性占い師は私の人相と手相を見、私がどういう人間なのかを語り始めた。
大体は、こんな性格だとか、無難なことである。
だが、手相を見ていた時にこんなことを言われた。
「あなたには今色んな運やチャンスが訪れているが、それをことごとく逃している相が出ている。」
そんな相がよりによって自分に!
という驚きは一瞬で過ぎ去り、その言葉、そしてその日の出来事は自分を深く考えるきっかけとなった。
若い自分は聴く側が必要としているもの、相手の欲しているものの裏側まで考え抜くことが出来ていない。
そして今若いからこそ周りにある環境を生かすことも、挑戦できる機会をも逃しているのではないか
と、
考え続けてもう数年経つが未だ進歩の実感はなく、間違い失敗しては周りの人に助けられなんとか作曲家としての命を繋いでいる日々である。
しかし、今あのキャバクラの面接で
あの金ネクのおじさんの前でピアノを弾いたらどうだろうか。
多分、きっと
まだ不合格、だろう。
◎澁江夏奈(しぶえかな) Profile
作曲家・編曲家・ピアニスト
【Biography】
1991年生まれ。
国立音楽大学附属高等学校作曲科を経て、東京音楽大学作曲指揮専攻映画・放送音楽コース卒業。
国立音楽大学Newtide Jazz Orchestraのコンサートミストレル(レギュラーピアニスト)を務め、2012年、第43回山野BIG BAND JAZZ CONTESTにて最優秀賞受賞、6連覇を果たす。2013年には自作曲を携え東京JAZZに出演。ジャズピアニスト小曽根真氏との共演を含めたステージが大好評を得る。2002年~2004年に、NHK Eテレ「天才ビットくん」内の子供バンド「ビットルズ」のキーボードを担当。作詞・作曲した曲がオンエアーされる。
作曲作品としてアニメ「昭和元禄 落語心中」(2015年)、アルバム「NEWTIDE~Start in life~」(2014年)、映画「ばらばら」(2011年)、NHK「西日本の旅」(2014年)、NHK ドラマ10「わたしをみつけて」(2015年)等がある。奥の深い音楽性を秘め、今後の活躍が大いに期待できる作家である。
【主な作品】
映画
「りんこと、りんこのひみつ」(2013年)
映画美学校フィクション・コース第16期初等科修了制作実習作品
「ばらばら」(2011年)第六回京都造形芸術大学映画祭
「星になる日」(2010年)第一回いわきぼうけん映画祭
「TEENAGER」(2009年)映画甲子園特選
ドラマ
ドラマ10「わたしをみつけて」(2015年)
青春アドベンチャー「双子島の秘密」(2015年)
青春アドベンチャー「人喰い大熊と火縄銃の少女」(2015年)
FMシアター「夏の午後、湾は光り、」(2015年)
青春アドベンチャー「ニコイナ食堂」(2015年)
FMシアター「どうぶつのうた」(2014年)
青春アドベンチャー「あなたがいる場所」(2014年)
青春アドベンチャー「僕たちの宇宙船」(2013年)
FMシアター「南国土佐を後にして」(2013年)
TV番組
連続アニメ「昭和元禄落語心中」テレビシリーズ(2016年)
NHK総合「西日本の旅」(2014年)
OVA
「昭和元禄 落語心中 与太郎編・前後編」(2015年)
オリジナル作品
「NEWTIDE~Start in life~」(2014年)Bigband作品アルバム
「Intruso」(2013年)・「I have to say good by」(2013年) Bigband作品
「Tulip Fizz」(2013年)トランペット10重奏作品
「Earth Blue」(2010年)オーケストラ作品
編曲作品
「八神純子プレミアム・シンフォニック・コンサート」編曲(2015年)
TBS「Sing!Sing!Sing!」Live編曲(2015年)
ローランド「ピアノ・ミュージックフェスティバル」決勝大会編曲(2015年)
ローランド「ピアノ・ミュージックフェスティバル」決勝大会編曲(2014年)
CONTACT:
FAIR WIND music
http://www.fair-wind.jp/
TEL : 03-6432-9828