NO.87
深澤恵梨香
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“それからまだ妙なのは、文ちゃんの顔を想像する時、いつも想像に浮ぶ顔が一つ決まっている事です。(略)
僕は時々その顔を想像にうかべます。そうして文ちゃんの事を苦しい程強く思ひ出します。そんな時は、苦しくつても幸福です。(芥川龍之介)”

音楽は楽譜だけでは音楽にはならない。それらに音波という実体を持たせる人間、つまり演奏家が必要だ。
私の書いた楽譜は、彼らの“人生”ともいえる音色、声、をもって“音楽”に成る。

曲を作る時に、私が最も大切にしている事がある。それは、“音楽”をつくる時には、必ず、抽象的な「楽器の音」ではなく、この人、この人といった、明確な「演奏家」の誰かがいる。作曲という行為、また楽譜1枚、音符の1音が、私にとっては演奏家達へのラブレターなのである。

元来ラブレターとは、愛の告白を意図した手紙であるが、私にとって音楽とは人生そのものであり、演奏家達の持つ音色や表現を思いながら楽譜をしたためることは、私にとって間違いなく愛の告白以上の意味を持ち、儀式的な感覚を覚えすらする。

映画や演劇などで用いられる「あてがき」に準ずるであろう。この人ならば、こう歌ってくれる、この人ならば、こう答えてくれる。
時にこの想像をも超える響きとなって音になる。
全ての演奏家の顔がハッキリと浮かび、時にその演奏している表情、息遣い、汗の一滴一滴までもが、楽譜を書く、という行為の中で頭に湧き上がってくる。

そんな体験は言うまでもないが、初恋の相手にラブレターを書くよりも、刺激的で、面白い。具体的に人が浮かぶ分、ただ楽器を思う以上の緊張もあれば、苦難もあるが、ラブレターの〆切を乗り越えた先にしか出逢えない、自分の頭の中で揺れる“音楽”が、いつも、私を救ってくれている。

ところで冒頭の「文ちゃん」から始まる文章は、文豪、芥川龍之介が婚約中である塚本文、に送ったラブレターの一部である。

沢山の愛や、相手への気持ちをつらつらと書くのではなく、ただ相手への想いをさらりと託す事で、また相手からの反応が様々でもある。

私がリーダーを務める“ ERIKA FUKASAWA ORCHESTRA ” には、小池修氏(sax)、竹野昌邦氏(sax)、木幡光邦氏(tp)、岡崎好朗氏(tp)、中川英二郎氏(tb)といった、日本を代表する演奏家達が集っている。コンサートの度に、彼ら1人1人にラブレターを贈ることになる。譜面に宛名を書くところから始まり、時に激しく涙を流しながら想いを託す事もある。そして前述した通り、その分の、緊張と苦難、そして興奮と救いが待つ。自分からの恋文の返事が、音色となるその瞬間だからだ。

女性にとって恋や愛とは人生にとって大きな意味合いを持つことが多いが、私は楽譜をラブレターと言い換えてしまうあたりに、音楽に、その強烈なエネルギーをぶつけてしまっているのかもしれない、と、これを書きながら気づいてしまった。

ラブレターを書くということ。そこには期待と、苦しさ、またその先にしかない、救いがある。

「また返事を待っています」。

そこからまた続くやり取りが、自分にとっての“音楽”である。

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◎深澤 恵梨香(ふかさわえりか) Profile
作曲/編曲/指揮
1989年生まれ。東京都出身。日本作編曲家協会(JCAA)会員。
3歳からピアノを始める。

作曲家を志し、作曲を川崎絵都夫氏、フランス和声を國越健司氏に師事。
劇伴作曲家になるべく、東京音楽大学作曲指揮専攻(映画放送音楽コース)に入学。
作曲を三枝成彰、千住明、服部克久、小六禮次郎、堀井勝美の各氏に師事。

2013年には、自身のリーダーオーケストラとして28名からなる「ERIKA FUKASAWA ORCHESTRA」を結成。
2015年にはMOTION BLUE YOKOHAMAにてライブ「Spring Special Concert EFO plays "FUSION"」を開催し、好評を博した。

現在は、ゲーム音楽の提供、映画、CM、演劇の楽曲制作や、ビッグバンドへの楽曲提供、ライブサポート、レコーディング等で活動中。
TBSソロ・ヴォーカリスト・コンペ ティション番組「Sing!Sing!Sing!」では1st Seasonから編曲家として参加、TBS「Sound inn "S" 音楽のじかん」で編曲家、指揮者として参加。ゲーム音楽交響楽団 "JAGMO" では音楽監督・編曲を務める。

その他、多彩なオーケストレーションを持ち味とし、アーティストさんの編曲や、映画、ドラマ等でオーケストレーションを担当する事も多い。

譜面は全て演奏家に向けた「あて書き」であり、各々の演奏家の" 声 "の生きた楽曲の制作をモットーとしている。


※掲載は所属当時

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