NO.1012018.11.15
猛烈な暑さが続いた今年のある日、私のスタッフがいつも事務所の玄関横で寝ている野良猫の異変に気づいた。一見、ただ寝ているようだったが、この日はおしっこを漏らしながら寝ていたのである。
私の事務所の付近は野良猫が多い。
しばしば事務所のガレージでも子供が産まれ、そのたびに私達が保護し、しばらく事務所で飼育したのち里親に出しており、その数もすでに20匹は超えている。近所の方の協力もあって、ほとんどの猫は去勢手術を受けているため、不幸な猫の数も減少傾向にあるようだ。それでも事務所のガレージには常時5匹の野良猫がごはんをもらいにやってくる。
今回おしっこを漏らして倒れていたのはその中の1匹であった。
その子は"うーちゃん(仮名)"と呼ばれる三毛の雌で、おおよそ14歳くらいと思われるが、いたって健康そうであり、ヴェェェ・・・・と変な声でご飯をせびりに来る。目はかなり小さく、容姿は決して美猫とは言いがたいため、なんか幸薄そうだな・・・というひどい理由で"うーちゃん"という名前になった。
普段は私の車のボンネットに乗るのが好きで、フロントガラスにはスライドした跡や、体毛、鼻水か何だか得体の知れない飛沫が大量に付着していることも頻繁にあった。知り合いからは、車の表面に細かいキズが付いてしまいますよ、と注意されていたが、そんなことはどうでもいい。私には"うーちゃん"が可愛くて仕方なかったからである。
倒れていた"うーちゃん"を見てスタッフが慌てて病院に電話したところ、土曜日にかかわらず偶然医師がいて、診てもらえることに。その結果、案の定熱中症で、出来るだけの処置はするが、もう今日か明日には・・・との診断であった。とりあえず点滴等の治療はしたが、病院で死ぬよりいつもいたところの方が良いのでは、ということでガレージに柵を作り、タオルを敷いて寝かせてあげた。もう今晩はもたないだろうと誰もが思った。
しかし翌日、私達は信じがたい光景を見た。"うーちゃん"が柵から外に出ていたのである!柵は高さが1mもあり飛び越えなければ出られないにもかかわらず、ガレージの中を歩いているじゃないか!
医師にもそのことを伝え、治療をしてもらうため捕まえようとするが、走って逃げる逃げる・・・。昨日の悲壮感を吹き飛ばすようなその生命力に我々は唖然とし、あらためて野良のパワーを思い知った次第である。ともあれ、絶望的な状態からの回復に私達は心から喜んだ。
しかし、良くなったところでその後どうするのかを全く考えていなかった。また外にリリースするのは、まだまだ暑い日が続きそうで、再び熱中症になるリスクが高い。そこでとりあえずはクーラーの効いた事務所の中で様子を見て、秋になったらリリースを考えよう、という結論に至った。
一方、私はこの暑さで他の猫も熱中症になると思い、事務所のロスナイという換気装置のダクトを加工し、駐車場が涼しくなるよう一日中冷風を送るシステムを開発した・・・というか、忙しいのに私は何をやっているのか。
数日して"うーちゃん"の状態はさらに良くなったので、病院で洗ってもらい、様々な検査をしたが、特に問題になるような病状は見つからなかった。まあ全ての歯がなかったことを除いて。
予定通り、事務所でスタッフに見守られながら日々を過ごすことになったが、長年過ごした外には出ようともしないし、仲間だった猫が来ても全く無視している。もう野良には戻りたくないということなのか。ていうかそれ以前に、もうリリースなんか出来なくなった私達がいた。ついには事務所に一人残されて寂しいんじゃないか、という意見も出され、結局私の自宅に連れて帰ることになった。
しかし、私もすでに猫を飼っている。この猫も、仕事帰りに胎児の状態で拾った子で、もう14年になる。
白地に黒っぽい丸が適当に配置された、いわゆるキジ柄なのだが、よく見ると茶、グレー、黒と、三毛の要素を満たしており、オスの三毛は豊漁の神様というところから"漁"と名付けた。
そして、この子との相性が最悪だったのだ・・・。
顔を合わすたびにお互いに威嚇し合い、手も出る。
絶対"漁"が一方的に悪いと思っていたら、スロー判定の結果"うーちゃん"の方が先に手を出していたことが判明した。おそらく過酷な野良の世界で生きてきたからであろうか、サバイバルに関しては"漁"より上手のようであった。ただ"うーちゃん"には歯がない分、マジのケンカになった場合に不利な戦いになるのは間違いない。
そんな険悪な関係が続いたある日、また例によってケンカが始まった。止めようとして私はうっかり手を出してしまった。完全に逆上している"漁"が何を間違えたのか、私の手首を思いっきり噛んだ。
噛まれたところから夥しい出血があり、血管いっちゃったかな、と一瞬思ったが、幸いあと5mmのところで大丈夫だった。とはいえ、手首に穴がいくつか開いていたため念のため緊急外来にかかり、抗生剤を飲んで事なきを得たが、その時に気がついた。
もしかして、これは嫉妬だったのではないのか・・・。
思えば、私は「うーちゃんうーちゃん」と溺愛していたし、"うーちゃん"も常に私にピタっとくっついてゴロゴロ言っている。そんな蜜月関係にムカついていたのは容易に想像できる。
さあ、一体これからどうなってしまうのであろうか・・・。
とりあえず血管がやられないことだけを祈っている。
◎川井憲次(かわい けんじ) Profile
1957年4月23日東京都出身。
1986年に押井守監督作品『紅い眼鏡』で映画デビュー。
主な作品に『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『AVALON』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『リング』『DEATH NOTE』『GANTZ』『貞子3D』『薄桜鬼』『GARMWARS ガルム・ウォーズ』、TVシリーズでは「めぞん一刻」「らんま1/2」「機動警察パトレイバー」「精霊の守り人」「東のエデン」「ワールドトリガー」「ジョーカーゲーム」「サーヴァンプ」「モブサイコ100」「刀剣乱舞-花丸-」等アニメーションの他「科捜研の女」「梅ちゃん先生」「花燃ゆ」「まんぷく」等のTVドラマがある。
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川井憲次
猛烈な暑さが続いた今年のある日、私のスタッフがいつも事務所の玄関横で寝ている野良猫の異変に気づいた。一見、ただ寝ているようだったが、この日はおしっこを漏らしながら寝ていたのである。
私の事務所の付近は野良猫が多い。
しばしば事務所のガレージでも子供が産まれ、そのたびに私達が保護し、しばらく事務所で飼育したのち里親に出しており、その数もすでに20匹は超えている。近所の方の協力もあって、ほとんどの猫は去勢手術を受けているため、不幸な猫の数も減少傾向にあるようだ。それでも事務所のガレージには常時5匹の野良猫がごはんをもらいにやってくる。
今回おしっこを漏らして倒れていたのはその中の1匹であった。
その子は"うーちゃん(仮名)"と呼ばれる三毛の雌で、おおよそ14歳くらいと思われるが、いたって健康そうであり、ヴェェェ・・・・と変な声でご飯をせびりに来る。目はかなり小さく、容姿は決して美猫とは言いがたいため、なんか幸薄そうだな・・・というひどい理由で"うーちゃん"という名前になった。
普段は私の車のボンネットに乗るのが好きで、フロントガラスにはスライドした跡や、体毛、鼻水か何だか得体の知れない飛沫が大量に付着していることも頻繁にあった。知り合いからは、車の表面に細かいキズが付いてしまいますよ、と注意されていたが、そんなことはどうでもいい。私には"うーちゃん"が可愛くて仕方なかったからである。
倒れていた"うーちゃん"を見てスタッフが慌てて病院に電話したところ、土曜日にかかわらず偶然医師がいて、診てもらえることに。その結果、案の定熱中症で、出来るだけの処置はするが、もう今日か明日には・・・との診断であった。とりあえず点滴等の治療はしたが、病院で死ぬよりいつもいたところの方が良いのでは、ということでガレージに柵を作り、タオルを敷いて寝かせてあげた。もう今晩はもたないだろうと誰もが思った。
しかし翌日、私達は信じがたい光景を見た。"うーちゃん"が柵から外に出ていたのである!柵は高さが1mもあり飛び越えなければ出られないにもかかわらず、ガレージの中を歩いているじゃないか!
医師にもそのことを伝え、治療をしてもらうため捕まえようとするが、走って逃げる逃げる・・・。昨日の悲壮感を吹き飛ばすようなその生命力に我々は唖然とし、あらためて野良のパワーを思い知った次第である。ともあれ、絶望的な状態からの回復に私達は心から喜んだ。
しかし、良くなったところでその後どうするのかを全く考えていなかった。また外にリリースするのは、まだまだ暑い日が続きそうで、再び熱中症になるリスクが高い。そこでとりあえずはクーラーの効いた事務所の中で様子を見て、秋になったらリリースを考えよう、という結論に至った。
一方、私はこの暑さで他の猫も熱中症になると思い、事務所のロスナイという換気装置のダクトを加工し、駐車場が涼しくなるよう一日中冷風を送るシステムを開発した・・・というか、忙しいのに私は何をやっているのか。
数日して"うーちゃん"の状態はさらに良くなったので、病院で洗ってもらい、様々な検査をしたが、特に問題になるような病状は見つからなかった。まあ全ての歯がなかったことを除いて。
予定通り、事務所でスタッフに見守られながら日々を過ごすことになったが、長年過ごした外には出ようともしないし、仲間だった猫が来ても全く無視している。もう野良には戻りたくないということなのか。ていうかそれ以前に、もうリリースなんか出来なくなった私達がいた。ついには事務所に一人残されて寂しいんじゃないか、という意見も出され、結局私の自宅に連れて帰ることになった。
しかし、私もすでに猫を飼っている。この猫も、仕事帰りに胎児の状態で拾った子で、もう14年になる。
白地に黒っぽい丸が適当に配置された、いわゆるキジ柄なのだが、よく見ると茶、グレー、黒と、三毛の要素を満たしており、オスの三毛は豊漁の神様というところから"漁"と名付けた。
そして、この子との相性が最悪だったのだ・・・。
顔を合わすたびにお互いに威嚇し合い、手も出る。
絶対"漁"が一方的に悪いと思っていたら、スロー判定の結果"うーちゃん"の方が先に手を出していたことが判明した。おそらく過酷な野良の世界で生きてきたからであろうか、サバイバルに関しては"漁"より上手のようであった。ただ"うーちゃん"には歯がない分、マジのケンカになった場合に不利な戦いになるのは間違いない。
そんな険悪な関係が続いたある日、また例によってケンカが始まった。止めようとして私はうっかり手を出してしまった。完全に逆上している"漁"が何を間違えたのか、私の手首を思いっきり噛んだ。
噛まれたところから夥しい出血があり、血管いっちゃったかな、と一瞬思ったが、幸いあと5mmのところで大丈夫だった。とはいえ、手首に穴がいくつか開いていたため念のため緊急外来にかかり、抗生剤を飲んで事なきを得たが、その時に気がついた。
もしかして、これは嫉妬だったのではないのか・・・。
思えば、私は「うーちゃんうーちゃん」と溺愛していたし、"うーちゃん"も常に私にピタっとくっついてゴロゴロ言っている。そんな蜜月関係にムカついていたのは容易に想像できる。
さあ、一体これからどうなってしまうのであろうか・・・。
とりあえず血管がやられないことだけを祈っている。
◎川井憲次(かわい けんじ) Profile
1957年4月23日東京都出身。
1986年に押井守監督作品『紅い眼鏡』で映画デビュー。
主な作品に『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『AVALON』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『リング』『DEATH NOTE』『GANTZ』『貞子3D』『薄桜鬼』『GARMWARS ガルム・ウォーズ』、TVシリーズでは「めぞん一刻」「らんま1/2」「機動警察パトレイバー」「精霊の守り人」「東のエデン」「ワールドトリガー」「ジョーカーゲーム」「サーヴァンプ」「モブサイコ100」「刀剣乱舞-花丸-」等アニメーションの他「科捜研の女」「梅ちゃん先生」「花燃ゆ」「まんぷく」等のTVドラマがある。