NO.103-2 2019.4.15

渡辺俊幸

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前回は、さだまさしさんの三枚目のアルバムのレコーディングでロスに行った際に私にとって大きな出来事が起きたというところまで書いたが、その続きを書く。
レコーディング終了後、スタッフ全員で日本よりも半年早くスピルバーグ監督の作品「未知との遭遇」を観た。映画の内容も興味深いものであったが、私はその音楽に魅了された。音楽担当は、ジョン・ウィリアムズ。いかにもハリウッド的なゴージャスで美しい世界から無調のアバンギャルドなものまで彼の作曲家としての音楽的ボキャブラリーの広さとその才能の豊かさに驚かされた。当時の私は、ポップスの編曲家としてやって行く事を目標としながらそれについてまあまあ納得のいく実力をつけた感を持っていたが、さらに管弦楽という広大で一筋縄では手の内に出来ない世界がある事を再認識させられた。そしてそれ以降、私の中でクラシックの技法も含めた幅広い分野で活躍できる作曲家を目指したいという思いがどんどん膨らんで行った。ロスでのレコーディングを終え帰国してからとても悩んだ末、さだまさし氏に「一時仕事から離れアメリカに留学して勉強したい。」との思いを告げた。私は彼の女房役のように過ごして来て上り坂でまだまだこれからさらに上を目指すという時にこんな事を言うのはとても申し訳ないと思ったものだが、彼からは「では僕の分も勉強して来てくれ!」というなんとも嬉しい励ましの言葉をもらった。そして彼からの希望通り翌年に4枚目のアルバムとなる「夢供養」(第21回日本レコード大賞ベストアルバム賞受賞)を作り上げてからボストンのバークリー音楽大学に入学するためアメリカへ旅立った。ボストンに到着した日、宿泊したホテルのテレビをつけるといきなりオーケストラの映像が映し出された。指揮者は、小澤征爾さん。「イブニング・シンフォニー」というボストン交響楽団のライブ収録を放送する番組だった。翌日、デパートへ買い物に行くと売り場の女性が私に話しかけて来た。「昨日の『イブニング・シンフォニー』を観たか?」という内容。私が「観ました!」と答えると「昨日のセイジ・オザワは、素晴らしかったわよね!」と言った。私は、この会話自体にとても驚かされた。例えば日本のデパートで「昨日の『N響アワー』は素晴らしかったですね!」というような事を話しかけてくるような事があるであろうか?このボストンの地では、クラシック音楽に関して普通の人が日常会話で話題にするのだ。そして同時に小澤征爾という人がボストン市民から愛されているという事を感じた。この売り場の方は、私が日本人の顔をしているからこそ、この話題で話しかけてくれたのであろう。当時の私は、クラシック音楽をライブで聴く事にとても敷居が高いイメージを持っており毛嫌いしている感があったが、この経験を経てその呪縛が解け、小澤征爾さんが指揮するボストン交響楽団の演奏を生で聴いてみたいと思った。そして数日後、ボストンシンフォニーホールへ足を運ぶことにした。これが生のオーケストラを耳にする私にとって生まれて初めての体験となった。 以降、次回に続く。

第一回
第三回


◎渡辺俊幸(わたなべとしゆき) Profile
愛知県名古屋市生まれ。
作曲家・編曲家・指揮者。
青山学院大学入学と同時にフォークグループ「赤い鳥」のドラム・キーボード担当として音楽活動を開始。その後、さだまさしの専属プロデューサー・編曲家としての活動を経て米国バークリー音楽大学に留学。ハーブ・ポメロイ氏、マイケル・ギブス氏に師事。ボストン音楽院で指揮法を学ぶ。帰国後は、様々なTVドラマや映画、アニメ等の音楽を手がけながら、さだまさし、平原綾香他のアーティストのプロデュース・編曲を担当するなど、純音楽も含め様々な分野で活躍中。
作曲家としての代表作にNHK大河ドラマ「利家とまつ」、「毛利元就」、NH Kドラマ「大地の子」、NHK 連続テレビ小説「おひさま」、「どんど晴れ」、 映画「平成モスラシリーズ」、「サトラレ」、「解夏」、「UDON」、「劇場版マジンガーZ」、テレビアニメ「宇宙兄弟」、「銀河機攻隊マジェスティックプリンス」、「新幹線変形ロボ シンカリオン」、愛・地球博開会式テーマ曲「愛・未来」、防衛庁・自衛隊50周年記念委嘱曲「祝典序曲 輝ける勇者たち」他がある。
TVドラマ「リング~最終章~」で第20回ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー賞、劇中音楽賞を受賞。平原綾香「おひさま~大切なあなたへ」で第53回日本レコード大賞編曲賞を受賞。
近年、指揮者としてポップスオーケストラのコンサート活動にも力を注いでいる。
洗足学園音楽大学教授。

渡辺俊幸オフィシャルサイト http://www.toshiyuki-watanabe.com


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