NO.1062019.10.3
13年ほど前。25の時。
代々木駅前でとても寒い中、僕はリハ帰りでベースを背負って、ある人と待ち合わせをしていた。
ネットの掲示板で探してみつけた自分の曲のデモに歌をいれてくれるという「仮歌」をする人とである。
当時ネットの募集掲示板上ではいろんな書き込みがあった。
「当方プロ志向」「歌います。仕事ください」「ギター加入希望」
こういった書き込みは特によく見た。
その時、僕が音楽の募集掲示板をみていたのは理由がある。
作曲の仕事にどこから入っていいか全く知らず、いろいろ情報を得ていた。
当時僕はバンドをやっていて、そのボーカルの人が「歌モノ楽曲コンペ」という存在を教えてくれた。そして知り合いの事務所に紹介してくれるとのことで僕の曲に3曲ほど歌をいれたのである。とても褒めてくれた。
調子にのった僕は、また曲を作って歌入れましょう!と言ったが距離でいうと100キロ以上離れていてなかなか行けないとなり、ネットの掲示板で探してみるといいかも?と教えてもらった。
そして「仮歌募集」ジャンルの掲示板でみつけたのが、「仮歌します」のタイトルの募集。
その人の内容にはいろんな輝かしい経歴が書かれている。
電撃が走った
「これだ!!!!」
僕は会ったことも聞いたこともないその仮歌の人の声に期待を膨らませ、僕の中で勝手に出来上がってしまった声のイメージですぐに自分勝手に曲を作った。
そして翌日、僕はその新曲をひっさげていざメールを送った。
女性の方だったので、今仮にEmily(仮名)と呼ぶが、Emilyの歌の実際を知るべく、カラオケに行こうと代々木駅で待ち合わせしていたのが冒頭の待ち合わせの件である。
特に会話もなくすぐ代々木駅前のカラオケ屋に入った。
数日前作ったその曲をカラオケで歌ってくれるものだと思い込んでいたがEmilyは歌いたい曲を3曲ほど入力した。
(あれ?数日前に作った自分の曲は…?)
と思ったが引っ込み思案な僕は言えないまま、
(とりあえずカラオケだもんな。まずは歌いたい曲いれるよな)
と思い込ませた。
(でも1時間しかとってないんだよな…)
Emilyがいれたのは某ビジュアル系バンド「V(仮)」の曲たちである。
Vの曲を歌う彼女はこれは本当にうまかった。
文章の汚さ覚悟で書くと、めっっちゃくちゃうまかった。
感動した。
そして1曲歌い終えてすぐのことである。
突然、1秒もしないうちにEmilyは急に床に膝から倒れこんでしまった!!
白「ど、どうしましたか?!」
Emily「うっ…ううぅぅぅ…」
Emilyは泣いていた。
何がおきたかわからず、頼んだジンジャーエールをもったまま僕は呆然と立ち尽くしてした。
ほどなくして次の曲がはじまった。
Emilyは立ち上がりまた激ウマ歌唱がはじまった。
2曲目を歌い終えたEmilyは僕に背を向け、カラオケルームの壁と対面していた。
この間無言である。
3曲目がはじまる。もはやいうまでもない素晴らしい歌唱力。
終えて虚空を見つめるEmily。
3曲終えて、無言のままただ時間が過ぎた。
例えると学校の先生がクラスで大声で激怒したとき、シーンとなって時間がすぎていくあの感じに似ていた。
全く動けない。
残り時間20分になって焦った。
(自分の曲を歌ったところがききたい…)
体中ある勇気を振り絞って「あの…」の「あ」を発したところで、それを遮るようにEmilyが突然語りだした。
それはEmilyが人生で辛いことがあったときに救われてきた曲たちのことだった。
まさに先ほど歌った3曲である。
その話を聞かせていただいた。カラオケを出てからも立ち話でプラス30分程聞いた。
長かった。
とても辛い学生時の話であったがなんとかアドバイスをし落ち着かせて解散した。
結局歌は歌ってくれなかったし、仮歌の話にも一切ならなかった。
僕は過ごした時間の意味を電車の中で考えながら、茨城に帰った。
帰ってから掲示板でまた仮歌探そうと掲示板を見ていた時知った。
輝かしい内容を書いた人と違う仮歌の人とメールをし、やり取りをし、会っていたのである!!!(後日メールで確認)
実は現在でも仮歌を探すことはよくある。
先日、新たな仮歌さんとやり取りしながら、ふとEmilyの事が浮かんだ。
あんな素敵な奇異な出会いはもうないと思う。
僕も誰かのEmilyになりたい。そう思ったここ最近でした。
Emily元気かな…
◎白戸佑輔(しらと ゆうすけ) Profile
1981年 茨城県出身。
東京音楽大学 作曲指揮専攻芸術コース卒業
幼少時にピアノ、中学でドラムをはじめ、作曲を独学で始める。
高校でブラームスの魅力に気づいてクラシックに傾倒。
室内楽、オーケストラなどの作曲を師匠より学び、東京音楽大学作曲科へ入学。
大学3年時にバイトでやった着メロの仕事を通し、ファンクラテンベースに目覚め卒業後はベーシストとして活動。
2008 年に作家としてデビュー。
欅坂48、AKB48、TVアニメ主題歌等、歌モノの楽曲制作
劇伴、CM、パチンコ、ゲーム等のBGM制作 等
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白戸佑輔
13年ほど前。25の時。
代々木駅前でとても寒い中、僕はリハ帰りでベースを背負って、ある人と待ち合わせをしていた。
ネットの掲示板で探してみつけた自分の曲のデモに歌をいれてくれるという「仮歌」をする人とである。
当時ネットの募集掲示板上ではいろんな書き込みがあった。
「当方プロ志向」「歌います。仕事ください」「ギター加入希望」
こういった書き込みは特によく見た。
その時、僕が音楽の募集掲示板をみていたのは理由がある。
作曲の仕事にどこから入っていいか全く知らず、いろいろ情報を得ていた。
当時僕はバンドをやっていて、そのボーカルの人が「歌モノ楽曲コンペ」という存在を教えてくれた。そして知り合いの事務所に紹介してくれるとのことで僕の曲に3曲ほど歌をいれたのである。とても褒めてくれた。
調子にのった僕は、また曲を作って歌入れましょう!と言ったが距離でいうと100キロ以上離れていてなかなか行けないとなり、ネットの掲示板で探してみるといいかも?と教えてもらった。
そして「仮歌募集」ジャンルの掲示板でみつけたのが、「仮歌します」のタイトルの募集。
その人の内容にはいろんな輝かしい経歴が書かれている。
電撃が走った
「これだ!!!!」
僕は会ったことも聞いたこともないその仮歌の人の声に期待を膨らませ、僕の中で勝手に出来上がってしまった声のイメージですぐに自分勝手に曲を作った。
そして翌日、僕はその新曲をひっさげていざメールを送った。
女性の方だったので、今仮にEmily(仮名)と呼ぶが、Emilyの歌の実際を知るべく、カラオケに行こうと代々木駅で待ち合わせしていたのが冒頭の待ち合わせの件である。
特に会話もなくすぐ代々木駅前のカラオケ屋に入った。
数日前作ったその曲をカラオケで歌ってくれるものだと思い込んでいたがEmilyは歌いたい曲を3曲ほど入力した。
(あれ?数日前に作った自分の曲は…?)
と思ったが引っ込み思案な僕は言えないまま、
(とりあえずカラオケだもんな。まずは歌いたい曲いれるよな)
と思い込ませた。
(でも1時間しかとってないんだよな…)
Emilyがいれたのは某ビジュアル系バンド「V(仮)」の曲たちである。
Vの曲を歌う彼女はこれは本当にうまかった。
文章の汚さ覚悟で書くと、めっっちゃくちゃうまかった。
感動した。
そして1曲歌い終えてすぐのことである。
突然、1秒もしないうちにEmilyは急に床に膝から倒れこんでしまった!!
白「ど、どうしましたか?!」
Emily「うっ…ううぅぅぅ…」
Emilyは泣いていた。
何がおきたかわからず、頼んだジンジャーエールをもったまま僕は呆然と立ち尽くしてした。
ほどなくして次の曲がはじまった。
Emilyは立ち上がりまた激ウマ歌唱がはじまった。
2曲目を歌い終えたEmilyは僕に背を向け、カラオケルームの壁と対面していた。
この間無言である。
3曲目がはじまる。もはやいうまでもない素晴らしい歌唱力。
終えて虚空を見つめるEmily。
3曲終えて、無言のままただ時間が過ぎた。
例えると学校の先生がクラスで大声で激怒したとき、シーンとなって時間がすぎていくあの感じに似ていた。
全く動けない。
残り時間20分になって焦った。
(自分の曲を歌ったところがききたい…)
体中ある勇気を振り絞って「あの…」の「あ」を発したところで、それを遮るようにEmilyが突然語りだした。
それはEmilyが人生で辛いことがあったときに救われてきた曲たちのことだった。
まさに先ほど歌った3曲である。
その話を聞かせていただいた。カラオケを出てからも立ち話でプラス30分程聞いた。
長かった。
とても辛い学生時の話であったがなんとかアドバイスをし落ち着かせて解散した。
結局歌は歌ってくれなかったし、仮歌の話にも一切ならなかった。
僕は過ごした時間の意味を電車の中で考えながら、茨城に帰った。
帰ってから掲示板でまた仮歌探そうと掲示板を見ていた時知った。
輝かしい内容を書いた人と違う仮歌の人とメールをし、やり取りをし、会っていたのである!!!(後日メールで確認)
実は現在でも仮歌を探すことはよくある。
先日、新たな仮歌さんとやり取りしながら、ふとEmilyの事が浮かんだ。
あんな素敵な奇異な出会いはもうないと思う。
僕も誰かのEmilyになりたい。そう思ったここ最近でした。
Emily元気かな…
◎白戸佑輔(しらと ゆうすけ) Profile
1981年 茨城県出身。
東京音楽大学 作曲指揮専攻芸術コース卒業
幼少時にピアノ、中学でドラムをはじめ、作曲を独学で始める。
高校でブラームスの魅力に気づいてクラシックに傾倒。
室内楽、オーケストラなどの作曲を師匠より学び、東京音楽大学作曲科へ入学。
大学3年時にバイトでやった着メロの仕事を通し、ファンクラテンベースに目覚め卒業後はベーシストとして活動。
2008 年に作家としてデビュー。
欅坂48、AKB48、TVアニメ主題歌等、歌モノの楽曲制作
劇伴、CM、パチンコ、ゲーム等のBGM制作 等