NO.115
篠田元一
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 まさか自分が音楽を生業とするとは思ってもいませんでした。一般的には小さい頃から音楽教育をしっかり受け、野心高らかにコンテストなどを勝ち抜き、練習に練習を重ね、才能を持ち合わせた選ばれた人だけがプロになれるともいえる時代。自分にはまずそんな王道はまったく当てはまりません。
 自分が幼少期、父はアコーディオン、姉はピアノを弾いていたので、家の中はいつも音楽が鳴り渡っていました。中学時代は剣道部、その一方ではChicagoなどのブラス・ロックや洋楽ポップスに目ざめてバンド活動も始めました。高校時代はプログレ・ロックに夢中になり、授業が終われば即、帰宅してレコードを聴くのを楽しみにしていました。
 大学に入ると毎日がバンド活動。いろんな大学の音楽サークルとの交流も深めていきました。そして大学2年のとき、併行して音楽学校にも通い、そこで笹路正徳氏に師事。ひとときローディもやりながらプロの厳しさを目のあたりに経験します。改めて自分にはプロは無理だろうし、あくまでも音楽は趣味レベルでいいか...プロになれる気がしない、って思っていた矢先、同時期、音楽学校の奨めもあり、興味半分でオーディションを受けたらなぜか合格してしまい、当時アイドルだった小柳ルミ子さんのバックバンドでキーボード担当することになったわけです。18〜19才のときです。ここからが激動のはじまりで大学は何とか卒業できたものの、志も経験も少ないまま、ただただ一挙に仕事が忙しくなり、無論、たっぷりスキル不足もあったので日々猛練習で現場に。そりゃ毎日が緊張の連続で胃潰瘍も何度か発症したこともありました。
 こんな感じで、何も武装しないままプロの道に入ってしまった、というより、一人で手押し車のトロッコに乗せられ、蹴飛ばされて勢いよく走り出してしまった...周りの景色も楽しむ余裕もないままプロの世界に入ってしまったという流れでしょう。だから、あの頃は仕事がある日はいつも憂鬱な気分になっておりましたw

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 ただ、ひとつ自分を褒められる点としては、性格的に「できないことは少しでもできるようにする」という努力精神だけはありました。きっと人よりも時間がかかるタイプなのはまちがいないのですが、時間がかかってもできるまで、あるいは解明できるまでやらないと気が済まない。これは今でもきっと同じです。
 当時はこんな修練時期と併行して、未熟ながらも、いろんなバックバンドや作編曲の仕事がくるようになり、やがて歳と経験を重ねていくうちに、自分はプロなんだろうな、とやっと思えるようになりました。とりわけ、若い頃には服部克久先生や宮川泰先生とお仕事させてもらえる機会が多くあったのですが、このときの経験が今の自分の大きな糧になっているのはまちがいありません。
 自分は、これといった大ヒットの作品はありません。その分、いろんなジャンルやメディアの作編曲、楽器メーカーのデータ制作や開発アドバイザー、音楽イベントのプロデュース、音楽書籍の執筆、音楽講師など節操なく守備範囲を広げてきました。コレといったズバ抜けた才能がないばかりに「音楽の多角経営」なのですが、これも、いろんな仕事に好奇心を持って臨んできた自然の流れと思っています。若い頃は才能のある人を羨ましく思えたりもしましたが、今はアレコレ悩んだり考えずに、自分が呼ばれている「仕事」というものに精一杯応じていくことが幸せなことなんだと思えるようになりました。だから今は気持ちが楽です。
 そして何より、こんな自分を、この歳まで長年にわたり支えてくれた音楽業界の方々、仕事関係者、そして家族へ、感謝の念に堪えません。


◎篠田元一(しのだもとかず) Profile
作編曲家、ピアノ&キーボーディスト
埼玉県川口市出身。ピアノ、キーボードを笹路正徳氏に師事。大学時代よりプロの道を歩み幅広いジャンルの演奏、作編曲を手掛ける。これまでに「PIVOT」「Floating Colors」「Foresight」と3枚のソロ・アルバム、リーダーバンドThprim(スプライム)で2枚のアルバムをリリース。精力的なライブ活動の他、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする国内外の名門オーケストラとの共演多数。冨田勲「源氏物語幻想交響絵巻」「イーハトーヴ交響曲」の国内外公演やレコーディングに参加。歴史的な音楽イベントThink MIDI 2015およびオーケストラとシンセの融合をテーマにしたThe Brand-New Concert 2017などでは音楽プロデューサーを務める。加えて「実践コード・ワーク」をはじめとする記録的なベスト / ロング・セラーを含む40冊を超える音楽書を執筆。FM川口のラジオ番組「篠田元一のMOTO MUSIC TOWN」ではDJ担当。音楽制作会社モトミュージック主宰。

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