NO.117 2022.3.14

関 美奈子

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  2021年末、人生の中でも上位に入る決断をした。

…と書くと大げさだが、猫を譲り受けたのである。大切な生命を預かるわけだから、特別な決断だったことに変わりは無い。
  猫と暮らしたい、という気持ちは唐突に沸いたわけではなく、社会人になってからは時折考えることであった。20年近く住んだ旧居はペット飼育禁止で、引っ越しをして飼うまでの行動に至らず、自宅と会社の間にあった公園に集まる猫の様子を見に行くのが楽しみのひとつとなっていた。

  その公園に猫が集うと知った2014年頃には、確認できるだけで5匹の地域猫がいた。2017年頃にはその中の2匹を主に見かけた。
  2018年の春に現在の物件に転居することになるが、その頃には前述の2匹のうち、若い1匹だけを見かけることが多くなった。もう一匹は活動的な若い猫に比べヨボヨボな感じである。正直、冬を越すごとに、あの猫大丈夫かな?と思っていて姿が見えれば安心したものだが、残念ながらいつしかいなくなってしまった。
  そのうち引っ越し準備に忙殺されることになるが、やはり引っ越す前に会っておこうと夜中に公園に寄ったところ、最後の若い一匹がひっそりと藤棚の上にいた。必ず毎日いるわけではないのに、その日は待っていてくれた。近寄っても逃げずじっとしていて、こんな構図で写真を撮らせてくれた。しばらく会うこともないだろうと察する猫の不思議な力なのかもしれない。

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  転居先はペット飼育可必須で選んだ物件なので、管理組合に申請し審査が通れば飼育できる環境である。引っ越しが落ち着いて猫をむかえる心構えが完全にはできていなかったが、いつかは、という気持ちが揺らがないように、脱走防止扉の施工だけはした。開けっ放しの脱走防止扉のまま2019年末からコロナ禍となった。コロナ禍によって仕事に制限がかかりはじめ、ほぼ家に居る環境となった。時間に余裕ができたかというと、むしろオンライン対応などやるべきことが増えて忙しい状況を過ごした。2021年前半に長年関わっていた大きな仕事が一区切りし、オンラインによる仕事にも慣れて時間に余裕ができるタイミングがついに来た。私の年齢が、そろそろ猫の平均的な一生をお世話するにあたり体力的なことを含めリミットに近づいていることも大きな決め手となった。

  まずは保護猫団体の譲渡会に通った。いくつか回って決める予定であったが、初参加の譲渡会で決め一週間後には猫が家に来ていた。
  その保護猫団体の譲渡基準は先着順ではなく、猫にとって一番幸せになれる環境をスタッフが選考する形で、必ずしも参加者が希望する猫が譲渡されるわけではなかった。そのため第一希望、第二希望の猫を決めておくという仕組みである。
  私は保護猫ということからミックスだろうし、好みの猫種はあるものの特に限定はせず、健康で性格的に合うのが一番大事だろう、という基準で譲渡会に臨んだ。ところが、その回には、まさにヌイグルミのような、見たら思わず笑顔になる破壊力の高い子猫が参加していた。丈夫で性格がよければいい、という気持ちはすぐにふっとび、第一希望をその子猫にした。
  困ったのは第二希望である。スタッフによれば第一希望の猫は、あの見た目からも特に人気が高く、また保護に至る経緯からすると初心者には飼育が難しい傾向も少なからずあり、第二希望の猫に決まる確率が高いという。実際に譲渡会に参加すると、どの猫も本当に可愛くて、それぞれ思い思いに懐いてくる。スタッフに「あら?この猫、こんなに懐くこと珍しいですよ?」なんて言われると、えっ、そうなんですか?なんて思ってしまう、ちょろい猫初心者である。いやいや、一生付き合うことになるのに簡単に決めていいのだろうか、アピール上手ではあるけれどもな…そんなことを考えながら迷いまくっていると、同行したパートナーが一言。

  「あのケージの奥にいる茶トラの子見せてもらえますか?」

  その猫はケージの奥でじっとしていて、スタッフによってズルズルと表に出されてきた。他の猫たちは珍しい人間がきたのを見て自分をケージから出して!アピールをするが、そういう感じもない。懐くわけでも懐かないわけでもなく穏やかに抱かせてくれる平常心といった感じである。事前資料に載っていなかった猫かも?と思い、「事前資料に載っていない猫のようですが、譲渡対象なのでしょうか?」と聞いたところ、「はい、載っていませんが大丈夫です。この子はいつもこの部屋の子たちと別の部屋で暮らしています。家猫のしつけはできているのでお譲りできますよ。」とのこと。へぇ〜と思いながらよくよく見てみると、体はしっかりしているし、レッドタビーのアメショ柄にも見える、私の好きな猫種の特徴を持っていた。無駄に浮いた感じのない、だからといって誰でも良さそうでない穏やかなその猫に、妙に親しみを覚え急遽第二希望とした。そしてスタッフの予想通り、第二希望のその猫が我が家に来ることになった。

  猫が来てから今月で3ヶ月強、歳でいうと約9ヶ月である。この猫を含む子供たちを妊娠した母猫が、保護されてから産んだため生年月日は判明している。家に来てからの一週間は小さな怪獣だった。今まで大勢の猫に囲まれていた中、いきなり一匹で知らないところに連れて来られたのだから当然のことではあるが、いろいろ対策を施しても飼育経験のあるパートナーですらめげかけた。何かあればいつでも相談してください!と言ってくれたスタッフの「1日中鳴き続けるのは、今までの経験上一週間より長いことはありませんから、それまでもう少しがんばってください」の言葉通り、一週間経ったら嘘のように鳴くのが止まった。

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  そこからはもう猫中心の生活である。名前は身体の色からラテン語で蜂蜜を意味する「メル(Mel)」と名付けた。私は「琥珀」を推したが語感が強すぎるのと、覚えやすいのは「メル」の二文字、そして「メロディ」とも取れるからと「琥珀」は却下された。
  猫と暮らすと日々の生活が穏やかになったという話をよく聞く。私とパートナーは制作のパートナーでもあり制作チームとして動くことも多々ある。良い作品作りを目的としていることは大前提とはいえ、歯に衣着せぬ容赦ない激しいダメ出しも時には飛び交う。すぐに気持ちの転換をしようと努力するが、ズルズルと引きずることも普通にある。そんなときに、全く空気を読まず、「オレを撫でろ」とばかりに転がるメルをみると、自由すぎて思わず吹き出して気持ちの転換につながる。幸せにしたいと思っていたのが、幸せにされているのである。猫の不思議な力だと思う。
  これからも元気に育ってくれればと願ってやまない。


◎関美奈子(せきみなこ) Profile
作編曲家  1973年生、東京都出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(作曲専攻)を経て同大学卒、同大学院修了後、アニメ、ゲーム、ドキュメンタリーや報道番組などの音楽制作に携わる。主な参加作品:TVアニメ劇中音楽:「ブラッククローバー」、「キングダム」(1-2期)、NHKドキュメンタリー音楽制作:「空旅中国」「イギリスで一番美しい庭 ダルメイン」シリーズ、オリジナルアルバム「ARKHEMINA」、編曲では「ロマンシング サガ リ・ユニバース」など伊藤賢治氏楽曲に参加。洗足学園音楽大学准教授(音楽・音響デザインコース)、日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽作家団体協議会(FCA)理事、演奏家権利処理合同機構(MPN)代議員。(2022年3月現在)
ホームページ: https://dsdinc.jp/artist-profile
twitter: https://twitter.com/arkhemina_mina


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