NO.10-12002年以前に公開された記事です。
あの米国テロ同時事件から5ヶ月。私の住むニューヨークは、少しずつだが元気をとりもどしたような気がする。街のいたるところでコンサート、ライブハウス、バレー、オペラ、ミュージカルなど、音楽好きの世界がいっぱいある。当たり前のようにチケットは売りきれ、会場は歓喜と熱狂の渦の中。アメリカに来てから、私が最も羨ましいと思ったことは、ここの人達はみんな、音楽を素直に楽しみ、その気持ちを体全体で自由に表してくれることだった。こんな言い方をしては少し失礼かもしれないが、彼らはとにかく、なんでも大変喜ぶ。そして誰もが声がでかい。そのでかい声で「イェー」とか「ブラヴォー」とかあたりかまわず叫びまくり、飛びまくり、会場全体がお祭り状態となる。もちろんこれが超有名なポップスターやロックスターならば、日本でもあるだろうが、アメリカでは、出演者が全く無名だろうと、演奏や作品がおもしろければストレートにすごく喜んでくれる。これが音楽をやる人間にとってはすごくうれしいことで励みになると思う。実はこの喜び方は、彼らがかなり小さい子供のころから体験していることに気づいたことがある。
私がボストンのある小学校に作曲家としてゲストで招待された時のことである。
こちらの子供達は小学生になるとオーケストラに入る子供が多い。みんな学校から自分の好きな楽器をレンタルして自宅で練習する。毎週数回、オーケストラの練習があり、3ヶ月に一度、全校生徒と親達の前でコンサートがある。地元のテレビもこの模様を放送するという大イベントである。その中で、はじめて楽器をもった小学校1年生達だけのオーケストラも演奏する。男の子はネクタイとジャケットと革靴、女の子は綺麗なドレスを着て演奏する。1曲の長さは、たったの4小節。「ドレミレドミドー」ドミソミドードー」。時間にすると10秒程度。この最後の「ドードー」の繰り返しの音で演奏が終わった瞬間、会場のお客さんは、ほぼ全員立ち上がり「ブッブッブラヴォー、ウォー」と叫びまくるのだ。その瞬間、小学1年生オーケストラのメンバーの不安そうな顔は満面の笑顔となり、さらに自信に満ちた顔立ちに変わり、次の曲、これもまた4小節の長さの曲を演奏するために着席する。そして、また演奏が終わると、会場は総立ちで「ブッブッブラヴォー、ウォー、イェーイ!」と拍手喝采の渦なのである。素晴らしい光景である。「あーこの人達はこうやって子供の頃から音楽に接しているのか」となんとも幸せな気持ちになったことがある。
こんな風に子供のころから音楽を楽しみ、演奏する楽しみを経験していくことは、人々の文化的なレベルを豊かにするだけではなく、音楽そのものの将来にとっても、とても大切なことだと思う。このような体験をしている人は、その人が音楽とはまったく別の仕事についたとしても、音楽というものが素晴らしいものだということを一生忘れないであろう。素晴らしい音楽の環境を作るためには、音楽家達の専門教育だけではなく、聴衆もいっしょに育てていける環境を作る大切さを痛感した。
最近の日本で感じることのひとつに、人を何かで感動させたいという心、また素直に何かに感動する心が薄れてきたように思う。この文章を書いている今日は、ソルトレイクシティーオリンピックの真っ只中。音楽ではないが、各国の選手達の、人間の限界能力に挑戦している素晴らしい活躍に、世界中が熱狂している。人が感動するということは本当に素晴らしいことだと思う。
◯エッセイ2
◯ご挨拶
◎五木田岳彦(ごきたたけひこ) Profile
作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー
1961年生まれ。国立音楽大学時代に渡米。ニューイングランド音楽院を首席で卒業後、ハーバード大学大学院作曲科で博士号取得。卒業後、同大学にて作曲、音楽理論の教鞭をとる。ハーバード大学最優秀講師賞、スプラギュー管弦楽作曲賞他、受賞多数。在学中は作曲家としての活動以外に、コーラス団員としてボストン・シンフォニー(小澤征二、音楽監督)と共演。1999年には芸術家としての特別な功績を認められ、アメリカ移民局より最高位の永住権を与えられる。今までに数々のオーケストラ曲、室内楽曲などの作曲、編曲、CD、DVD制作、映画音楽制作、またミュージカル、ダンスパフォーマンスなどの舞台音楽などを制作している。今までにカーネギーホール、ボストン・シンフォニーホール、アスペン音楽祭、イースタン音楽祭、マーブルヘッド音楽祭など、全米各地で作品が紹介されている。またアメリカ国営放送の音楽番組にゲストとして出演多数。また、皇太子殿下、雅子様御成婚記念作品の作曲、指揮。この模様はNHKニュースでも紹介される。アメリカ映画「パテ」では音楽プロデューサとして活躍。この作品は2001年度カンヌ映画祭、サン・ダンス映画祭、ニューヨーク映画祭、ベルリン映画祭などをはじめ、世界各地で数々の賞を受賞。CNNでも紹介され、アメリカで最も注目された短編映画の1つである。
日本ではシエナウインドシンフォニー(佐渡裕、指揮)、神奈川フィルハーモニーなどの作曲、編曲。また最近人気の室内樂ユニット、クリスティーナ・アンド・ローラのプロデュース、作編曲。宝塚歌劇団の音楽担当(小池修一郎作品)。自ら原作、脚本、音楽制作を手がけたオリジナル・ミュージカル「マンハッタン・コレクション」は来年のミュージカル月間の作品として選ばれ、東京芸術劇場にて再演が予定されているなど、多方面に渡った才能を発揮している。また東芝EMI、ビクターエンターテイメントのプロデューサとしてのCD制作。さらに、話題の商品として各業界から注目されている、犬と飼い主を同時にリラックスさせるために作られたブックCD「愛犬音楽館」(徳間書店)の作曲など、その活動範囲は広い。2001年にはニューヨークで音楽制作会社(株)natural five,inc.を設立。その第一弾、日本の童謡をトランペットとピアノのための作品として収録した「recollection-progression」をアメリカで発売。このCDにはアメリカテロ同時多発事件犠牲者のための追悼曲も含まれている。
今後の活動として、ニューヨークでは、ブロードウエー・ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」、「クレイジー・フォー・ユー」、「シカゴ」などの編曲家として知られる世界的巨匠、ピーター・ハワードの、最新CD制作のアレンジャ−、音楽監督。今年11月には読売交響楽団と中川英二郎(トロンボーン)のための作曲、またピアニストとして共演(井上道義、指揮)。このコンサートは日本テレビの音楽番組「真夜中のコンサート」にて放送が予定されている。
マネージメント:クリスタルアーツ・プランニング
★ホームページ http://5roku.com/
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五木田岳彦
エッセイ1
あの米国テロ同時事件から5ヶ月。私の住むニューヨークは、少しずつだが元気をとりもどしたような気がする。街のいたるところでコンサート、ライブハウス、バレー、オペラ、ミュージカルなど、音楽好きの世界がいっぱいある。当たり前のようにチケットは売りきれ、会場は歓喜と熱狂の渦の中。アメリカに来てから、私が最も羨ましいと思ったことは、ここの人達はみんな、音楽を素直に楽しみ、その気持ちを体全体で自由に表してくれることだった。こんな言い方をしては少し失礼かもしれないが、彼らはとにかく、なんでも大変喜ぶ。そして誰もが声がでかい。そのでかい声で「イェー」とか「ブラヴォー」とかあたりかまわず叫びまくり、飛びまくり、会場全体がお祭り状態となる。もちろんこれが超有名なポップスターやロックスターならば、日本でもあるだろうが、アメリカでは、出演者が全く無名だろうと、演奏や作品がおもしろければストレートにすごく喜んでくれる。これが音楽をやる人間にとってはすごくうれしいことで励みになると思う。実はこの喜び方は、彼らがかなり小さい子供のころから体験していることに気づいたことがある。
私がボストンのある小学校に作曲家としてゲストで招待された時のことである。
こちらの子供達は小学生になるとオーケストラに入る子供が多い。みんな学校から自分の好きな楽器をレンタルして自宅で練習する。毎週数回、オーケストラの練習があり、3ヶ月に一度、全校生徒と親達の前でコンサートがある。地元のテレビもこの模様を放送するという大イベントである。その中で、はじめて楽器をもった小学校1年生達だけのオーケストラも演奏する。男の子はネクタイとジャケットと革靴、女の子は綺麗なドレスを着て演奏する。1曲の長さは、たったの4小節。「ドレミレドミドー」ドミソミドードー」。時間にすると10秒程度。この最後の「ドードー」の繰り返しの音で演奏が終わった瞬間、会場のお客さんは、ほぼ全員立ち上がり「ブッブッブラヴォー、ウォー」と叫びまくるのだ。その瞬間、小学1年生オーケストラのメンバーの不安そうな顔は満面の笑顔となり、さらに自信に満ちた顔立ちに変わり、次の曲、これもまた4小節の長さの曲を演奏するために着席する。そして、また演奏が終わると、会場は総立ちで「ブッブッブラヴォー、ウォー、イェーイ!」と拍手喝采の渦なのである。素晴らしい光景である。「あーこの人達はこうやって子供の頃から音楽に接しているのか」となんとも幸せな気持ちになったことがある。
こんな風に子供のころから音楽を楽しみ、演奏する楽しみを経験していくことは、人々の文化的なレベルを豊かにするだけではなく、音楽そのものの将来にとっても、とても大切なことだと思う。このような体験をしている人は、その人が音楽とはまったく別の仕事についたとしても、音楽というものが素晴らしいものだということを一生忘れないであろう。素晴らしい音楽の環境を作るためには、音楽家達の専門教育だけではなく、聴衆もいっしょに育てていける環境を作る大切さを痛感した。
最近の日本で感じることのひとつに、人を何かで感動させたいという心、また素直に何かに感動する心が薄れてきたように思う。この文章を書いている今日は、ソルトレイクシティーオリンピックの真っ只中。音楽ではないが、各国の選手達の、人間の限界能力に挑戦している素晴らしい活躍に、世界中が熱狂している。人が感動するということは本当に素晴らしいことだと思う。
◯エッセイ2
◯ご挨拶
◎五木田岳彦(ごきたたけひこ) Profile
作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー
1961年生まれ。国立音楽大学時代に渡米。ニューイングランド音楽院を首席で卒業後、ハーバード大学大学院作曲科で博士号取得。卒業後、同大学にて作曲、音楽理論の教鞭をとる。ハーバード大学最優秀講師賞、スプラギュー管弦楽作曲賞他、受賞多数。在学中は作曲家としての活動以外に、コーラス団員としてボストン・シンフォニー(小澤征二、音楽監督)と共演。1999年には芸術家としての特別な功績を認められ、アメリカ移民局より最高位の永住権を与えられる。今までに数々のオーケストラ曲、室内楽曲などの作曲、編曲、CD、DVD制作、映画音楽制作、またミュージカル、ダンスパフォーマンスなどの舞台音楽などを制作している。今までにカーネギーホール、ボストン・シンフォニーホール、アスペン音楽祭、イースタン音楽祭、マーブルヘッド音楽祭など、全米各地で作品が紹介されている。またアメリカ国営放送の音楽番組にゲストとして出演多数。また、皇太子殿下、雅子様御成婚記念作品の作曲、指揮。この模様はNHKニュースでも紹介される。アメリカ映画「パテ」では音楽プロデューサとして活躍。この作品は2001年度カンヌ映画祭、サン・ダンス映画祭、ニューヨーク映画祭、ベルリン映画祭などをはじめ、世界各地で数々の賞を受賞。CNNでも紹介され、アメリカで最も注目された短編映画の1つである。
日本ではシエナウインドシンフォニー(佐渡裕、指揮)、神奈川フィルハーモニーなどの作曲、編曲。また最近人気の室内樂ユニット、クリスティーナ・アンド・ローラのプロデュース、作編曲。宝塚歌劇団の音楽担当(小池修一郎作品)。自ら原作、脚本、音楽制作を手がけたオリジナル・ミュージカル「マンハッタン・コレクション」は来年のミュージカル月間の作品として選ばれ、東京芸術劇場にて再演が予定されているなど、多方面に渡った才能を発揮している。また東芝EMI、ビクターエンターテイメントのプロデューサとしてのCD制作。さらに、話題の商品として各業界から注目されている、犬と飼い主を同時にリラックスさせるために作られたブックCD「愛犬音楽館」(徳間書店)の作曲など、その活動範囲は広い。2001年にはニューヨークで音楽制作会社(株)natural five,inc.を設立。その第一弾、日本の童謡をトランペットとピアノのための作品として収録した「recollection-progression」をアメリカで発売。このCDにはアメリカテロ同時多発事件犠牲者のための追悼曲も含まれている。
今後の活動として、ニューヨークでは、ブロードウエー・ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」、「クレイジー・フォー・ユー」、「シカゴ」などの編曲家として知られる世界的巨匠、ピーター・ハワードの、最新CD制作のアレンジャ−、音楽監督。今年11月には読売交響楽団と中川英二郎(トロンボーン)のための作曲、またピアニストとして共演(井上道義、指揮)。このコンサートは日本テレビの音楽番組「真夜中のコンサート」にて放送が予定されている。
マネージメント:クリスタルアーツ・プランニング
★ホームページ http://5roku.com/